どうも。世界のうりだです。
令和2年初場所は、幕尻の徳勝龍が優勝しました。
2横綱の休場と、2大関を含む上位の不振による椿事だったことは、間違いありません。
椿事は今場所だけにはとどまらず、来場所の番付にも影響があるようです。
「一人大関」は許されない?!

先場所までに大関経験者が5人いて、4人が陥落しています。(1人は初場所をもって引退。)
いずれも、力士の大型化による重大なケガが原因です。(格闘技なので、ケガはつきものですが。)
大関になるだけでも至難の業なのに、その地位にとどまることがいかに困難なことかがうかがい知れます。
大関を通過点にして横綱になるためには、抜群の実力だけではなく、恵まれた運が必要なのです。
最近は「モンゴル高」もだいぶおさまって、幕内は”元気のある”日本出身力士で埋められてきました。
さて、来場所から貴景勝一人が大関になります。
「2横綱1大関」という、最上位の関取が少ないのはかなり寂しい、と思っているのは私だけではないはずです。集客やテレビ視聴率にも影響するでしょう。
この状況は、ファンの心情的な寂しさにはと止まらず、「しかるべき処置」が為されるようです。
番付維持のための「横綱大関」
もともと横綱という番付はなく、大関が最上位でした。
各番付には「東西」があるので、同番付には「必ず二人」が必要です。
横綱は例外なので「一人横綱」が許されますが、「一人大関」は許されません。
「誰かに大関をやってもらわにゃ・・・あ、いい人 いるじゃん!(゜∀゜)」
大関の番付を維持する(東西に据える)ために、大関を乗り越えた横綱にやってもらうのです。
番付は「横綱大関」となります。「横綱大関」は、38年ぶりの珍事とのこと。
令和2年大阪場所では、「横綱大関」を鶴竜関が担う見込みです。
いにしえの「最手」
本旨とは脱線しますが、相撲の話題をひとつ。
平安時代のいにしえには、「脇」(わき 今の大関)「最手」(ほて 今の横綱)という地位だったなんて、夢枕獏先生の作品に書いてましたね。
真髪成村という、無双の角力(すもうとり)が、50過ぎで現役の最手だったなんていう話が…
興味のある方は、夢枕獏著『本朝無双格闘家列伝』をお手に取ってみてください。
いにしへにおいては、過度な大型化がなされなかったと思われます。
そのため、致命的なケガを背負わされる可能性が低くなり、50歳を過ぎても、卓越した技術さえあれば戦えたという史実でしょう。
まとめ
いつまでも「横綱大関」が存在するのは、角界の先細りを暗示して、あまりよくないでしょう。
大関候補ですが、何といっても筆頭は朝乃山でしょう。御嶽海にも期待できます。
まずは朝乃山が大コケしなければ、「横綱大関」は夏には解消されるでしょう。
朝乃山が出てきて、代わりに貴景勝が引っ込んだら・・・
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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